Saturday 31 May 2014

invitation to the second series

なんらかのヨガの練習はほぼ毎日してるものの、アシュタンガに限っては、あの独特のストイックな感じが好きでもあり、苦手でもあり、つかず離れずのゆるいペースで練習しています。

スパルタでちょっぴり乱暴だけど教え方に愛があって、音楽の趣味と声が大好きなアシュタンガの先生から、今日のレッドプライマリーシリーズのクラスの後、いい加減マイソールクラス(先生が見てまわる自主練習スタイルの早朝クラス)に来なさい、セカンダリーシリーズを教えるから、と言われました。
まさかのオファーにびっくりやら嬉しいやら。
いや、実はすっごく嬉しかったです。

ことあるごとにこの先生からマイソールクラスにくるようにといわれながら、その度になんとなくうやむやにしてた私だけれど、そろそろ重い腰を上げる時がきたのかもしれません。

:)







Would I really believe in Reiki?

5月の始めに、レイキ・レベル1コースを受けてきました。

一度も施術を受けたこともなければ、実際のところそれがなんなのかもよくわからないけど、なぜかずっと気になっていたレイキというセラピー。ちょっと調べてみるもヒットするのは、いかにも外国人が書いた怪しい字体の「霊気」の文字に、やや胡散臭いミラクル話だし、そもそも手をかざすだけなんて、ねぇ?
ただ、ヨガやマッサージを通して、エナジー(気)の存在、例えばグラウンディングがしっかり出来た時に感じる宇宙との繋がりとか、ある特定の先生や生徒から感じるなんともいえない心地よい波動とか、は体感を通して「ある」と確信していたから、それをセラピーとして使う方法があるのなら習ってみたいという好奇心が懐疑心に圧勝したというわけです。

クラスメイトは、天使が見える人だとか、瞑想をするたびに色々見えるという人、ポケットからぞくぞくとパワーストーンが出てくる人だとか、ある意味期待通りの不思議な人たちが1/3、マッサージセラピストやサイコセラピスト、看護士といった類いの人たちが1/3、レシキセラピーを受けたことで興味を持って来た人たちが1/3って感じでしょうか。
先生は、「レイキってなんだかよくわかんないけど凄いんだよー、このよくわかんない感じが好きなんだよねー」と、いい感じに力が抜けてる人で、ただ盲目になにかを信じていている人は信頼ならないと思っている私にはちょうど良かったと安心しました。

レイキは経験から始まるという先生の言葉通り、最初のアチューンメントで人生最大のサイケ体験をして、とりあえずレイキがなんだかはよくわかんないけど、何らかのパワーはあるらしいということも、どうやらそれが自分の手の中にもあるらしいということも体感しました。
とはいえ、まだ私にとっては半信半疑の域を超えない感じは否めません。手から何やらびりびりとしたものだとか体温とは明らかに別の熱だとかも出てくるけれど、それで?という感じ。お腹が痛くて手を当てるとちょっと楽になるのとレイキとどう違うのかな、とかね。

衝撃体験はしたものの、ヨガのように恋に落ちた感じとはほど遠く、マッサージのように手応えもなく。これから自分の中でどう位置づけされていくのか、ある意味楽しみでもあります。

:)








Wednesday 1 January 2014

I will hold myself even harder to a standards of grace, not perfection


その時々の興味の向くままに、端から見たらいつまでたってもふらふらとした生き方をしている私ですが、そんな私にも信念というか、美意識というか、そんなものがありまして、ただそれを的確な言葉に表す表現力もなく、今まで人に話してきたことはなかったし、自分でも「それ」がどういうことなのかをはっきりと分かっていなかったのだけれど。

なにか気の利いた新年のあいさつの言葉はないものかと探していたところにみつけたQuotesを集めたページ。ブラウザ上に開けっ放しにしたまま、今日仕事から帰って、斜め読みしていたら、私の「それ」を的確に表している言葉を発見しました。

I will hold myself to a standards of grace, not perfection

そうか、そうだったのか、とすっきりして嬉しくなった元旦の夜。
お正月らしいことは何一つしていないけれど、せっかくなので今年の目標を掲げることにしました。

I will hold myself even harder to a standards of grace, not perfection.

これまで以上に、完璧かどうかではなく、優美であるかどうかを基準として振る舞うことを心がけようと思います。ヨガの練習しかり、マッサージしかり、毎日の小さな行動しかり。

:)











Saturday 30 November 2013

everything happens to you is a reflection of you

最近気を抜くとnegative thoughtsに飲み込まれそうになります。とくにヨガをお休みした日にはその傾向が強く。それもどうしたものかと思うのと同時に、ヨガに出会う前の私はいったいどうやって生きていたんだろうかとも思ったりします。

そんなこの頃の私、実は今日、とある人にとても理不尽な八つ当たりをされて、文字通り手が震えるほど憤りを感じていました。ヨガを始めてからというもの、色んなことを手放すことがずいぶん上手くなって、多少のことには動じなくなったはずなのに、その憤りは夜が更けても消えるどころか増殖し、このまま眠りについたら質の悪い眠りになりそうだと思いながら、飲まなきゃやってられないとワイングラス片手にお気に入りのある方のブログ記事を読んでいたら、ふと、自分の身に起ることや他者の自分に対する反応は、すべて自分の受け取りかたの問題で相手の責任ではないこと、ゆえにそれは自分を映す鏡なんだということを思い出しました。その瞬間、髪の毛に絡まったチューインガムのように収集のつかなくなったおなかの奥の方にあった固まりのような負のエネルギーがするすると溶けて行ったのです。(ちなみに髪の毛に絡まったチューインガムは食用油で溶けます。←経験者は語る:笑)

これでも随分マシにはなったのだけれど、私は他者の理不尽な態度にめっぽう弱く、過反応とも思えるほどのダメージを受けるのですが、これからはこの魔法の考え方さえあれば、怖いものなし。

またひとつ強くなれたかも、と思う出来事でした。

:)


Tuesday 12 November 2013

impossible turns into possible when you forget it's impossible


「不可能だと信じて疑わないことを忘れた時に不可能が可能になる」

気持ち(mind)のロックは思いのほかパワフルで、身体は素質を持っているのに、できないという思いにその素質は押さえ込まれ、日の目を見る日をじっと待っているんだなと思うことを、ヨガの練習中に改めて気付かされることがこのところ何度かありました。

「これはどうがんばっても無理」と思うポーズがその時々にいくつかあります。クラスでそのポーズのキューが出ると、「うわっ、出たっ」と気持ちが反応して、それに伴って身体が構えてしまい、気持ちはがんばろうと思うのに、思うところには力が入らず、不必要なところにばかり力が入って、結局いつも通りできないまま。やっぱりこれは無理だよとさらに確信してしまい、まさに負のスパイラルに陥ってしまいます。
けれど時々、無理だったはずのことがするっと出来てしまったり、練習を続ければできるかもという手応えを感じてびっくりすることがありました。そういう時はかならず、耳から入ってきた先生の言葉が直接身体を動かしているような感じで、気持ちはからっぽでなにも考えていない状態。その時々ですごく集中していてそういう状態のときもあれば、ただ単にぼーっとしているだけというときもあるのだけれど、とにかく、気持ちの「これはできないんだよな」とか「これは苦手なんだよな」と思うことを忘れている=気持ちのロックがかかっていない時に、そういうことが起るのです。
ただこのロックは悪いことばかりでもなく、出来なかったことが一度出来たり、手応えを感じたりすると、今度はポジティブな気持ちのロックがかかって、キューが出ても身体は負の構えをしなくなります。そうなったらもうこっちのもの。日によって調子が前後することはあっても、練習をすればするだけ少しずつ確実にどんどん上手になっていきます。

気持ちのロックが解除される=なにも考えずにその瞬間に集中している(be present)ということで、どんなときでもその状態でいられるようになる訓練がヨガそのものなのではないかと思うのだけれど、今の私は、1時間半のクラスなら1時間半すらずっと保ち続けられるようになるまでには、まだまだまだまだ全くもって修行が足りないというのもまた事実。けれど、ちょっとずつふとした瞬間の気付きで親愛なる先生がいつも言っていることが身体で理解できた時とか、いろんなことが繋がった瞬間に、目の前がぱっと明るくなる感覚は、何とも言えない幸福感に溢れてて、私がこんなにもヨガが好きなのはこういう感覚が得られることなのかもなあなんて思います。

:)

Tuesday 24 September 2013

sun, beach and yoga

親愛なる先生であり友達でもあるJさんとそのパートナーAさんのヨガリトリートに行ってきました。
最初にその話を聞いた時には、興味はあるけどホリデーなんて行く余裕ないって思ったんだけど、その場所がビーチまで徒歩10分と聞いて、もう何年も何年も海で遊ぶことが恋しくてたまらなかった私の心はぐらっと揺らぎ、この11年まともにホリデーにも行ってないし、色々あったけどよくがんばってきたし、なんて色々理由をつけて、行くことに決めました。
そしてこの決断(というほど大げさなものではないけれど)は、過去10年くらいでヨガを始めたことと同じくらい素晴らしいものとなったのでした。

イタリアのカプリ島の近くのイスキアという火山島で7泊8日、海と山が望めるテラスでの毎日朝夕それぞれ1時間半のDharma YogaとJivamkti Yogaをベースとした大好きな先生2人によるクラスに、おいしい果物がたっぷりの朝ごはんと素材の味が生かされた野菜中心の夜ごはん、ちょっと歩けばビーチがあって、そしてなによりもイギリス生活の何年分に当たるかわからないくらいの太陽の光と素敵なヨガ仲間に囲まれて、まさに楽園そのもの。
ロンドンに戻ってきてから見せてもらった写真の中の自分が、まるで小さな子供みたいに、今まで見たこともないくらい楽しそうな顔をしていてびっくりしました。

肝心なヨガの練習のほうもなかなかの充実振りで、今までフルポーズまであと1歩だったフルキャメルポーズが自力できるようになったり、今もなお練習中のハンドスタンドがリトリート中の特訓のおかげでずいぶん安定してきたり、今回はいくつかデモンストレーション的なこともさせてもらったおかげで自分に自信もずいぶんつきました。
それと、スタジオではない空間でみっちり練習するという初めての経験で、自分がいままでどれだけ視覚に頼っていたかということに気付いたのも大きな発見でした。いつもなら集中してバランスを保つために、天井やスタジオ内のなにかを1点見つめるところが、頭上は青い空と雲、目の前は広い海と、とても気持ち良い反面、慣れるまではどこを見つめたらよいのか分からず恐怖心すら感じて。視覚ではなく身体でバランスを感じることもっと身につけていかなければって思いました。まずは木のポーズを目を閉じても余裕でできるようになることを目指してみようと思います。

:)






Tuesday 10 September 2013

Killed two birds with one stone

去年の秋くらいから通っているオスティオパスのBさんのトリートメントを4ヶ月近くぶりに受けてきました。

もともと彼に診てもらうようになったきっかけは、仙腸関節障害(SI Joint Disfunction)。最初の数ヶ月は在英日本人のAKA治療を受けていたものの、ヨガを辞めることをひたすら勧められたことと小さな不信感が積み重なったのとで、たまたまヨガスタジオのレセプションに置いてあった半額キャンペーン中の広告ポストカードを見て連絡してみたら、彼自身が熱心なヨギで、ヨガの怪我にとても詳しかったのと、ヨガを辞めなくても治るよって断言してくれたのと、イケメンだった(!)のとで、通い始めてからそろそろ1年の付き合いとなります。

あんなにどうしたら良いのか途方に暮れていた痛みは、彼のトリートメントを受け始めてから最初の1- 2ヶ月くらいで落ち着いて、今はほぼ完治。「ぼほ」というのは、ごくたまに仙腸関節が動きやすいホルモンバランスの時期と練習のし過ぎが重なって、微妙に怪しい気配がすることはあるからなんだけれど、気配を感じたらキネシオテープでサポートすれば3-4日で気配は消えます。

とはいえ、私は、基本的に関節が動きすぎる(Hyper mobile)傾向にあるのと、無意識に無理をしてしまう性格が災いして、ひとつ問題が落ち着き始めるとまた別のところに問題を起こすというのも繰り返して、今年の春くらいまではなんだかんだと月1〜1.5ペースで、Bさんに診てもらわないとどうにもならないと、身体が悲鳴を上げる状態に陥っていました。その度に、どのポーズで痛みや違和感が出やすいかを聞いて、実際そのポーズを見て、なにをどう気をつけたら良いかのアドバイスをしてくれて、弱いところを強化するエクササイズを教えてくれて、もちろんそうして付加がかかり過ぎて痛みがでているところを調整してもらっていました。

同時に私自身も、マッサージの勉強を通して身体に対する知識や気付きが増えるにつれて、ヨガの練習でも、先生の言うことやアジャストされることに対してそれがどういうことなのかを理解できるようになって、少しずつポーズに対する自分の態度が「深さより正しさ」にシフトしてきたことや正しいポーズができる力がついてきたことで、オスティオパスBさんのトリートメントを必要とする頻度も減ってきたのだけれど。

今回は、これといって身体が悲鳴をあげていたわけではないのだけれど、実はこの半年くらい「あれ?」と気になっていたハムストリングスの違和感がいっこうになくなるどころか増してきた不安と、なんとなく身体中に溜まってきた詰まりが気になってたのを、せっかくのヨガリトリートに行く前にクリアにしたいと思ったから。

今日のトリートメントは、いままでとは少し違うものとなりました。私の受け止め方が、です。
6−7月のケーススタディとセオリーテストの勉強で知識と経験が増えたこと、8月にマッサージセラピストとしてクオリファイドされてこれからの方向性について考えたり調べたりしたことで、Bさんの施術のひとつひとつが、自分の身体の治療であると同時に、自分自身がモデルとなったワークショップのように感じました。Bさんの施術を自分の身体を通して、テクニックとそのテクニックの効果や受ける側の感じ方の両方を一気に勉強させてもらった上に、気になっていたところが治る(という言葉はやや語弊がありますが)というおまけ付き。いや、本当はおまけじゃなくて、それが本編なんだけど。
おまけに彼は、これから少しずつ今の仕事をボディワーカーのほうにシフトしていきたいという私に、わからないことがあったらいつでも相談してよ、と言ってくれて。なんて頼もしいのかしら。

マッサージを始めとする色々な代替治療(complementary therapy)は、特に慢性なものは、どれも受ければそれだけで治るというものではなくて、痛みを一時的に取り除き、気付きを与え、治る手助けをするものだと思うのです。だから私個人としては絶対的に信頼しているBさんのトリートメントも「一時的に治るだけだから意味がない」という人もいます。セラピストとして、その辺も含めてどう取り組んでいくか、日々自分の身体を使って勉強です。

:)